江戸ソバリエ

2008.04.19

江戸流蕎麦切 梅島「藪重」手打道場

1_2 2_2 3 4 5 6 7 8 足立区梅島の東武伊勢崎線梅島駅前にある「藪重」。ご主人・石井啓之さんの直接指導により、男女6人が二八そばの手打ち体験をしました。

こちらの道場では、「江戸蕎麦散歩」でご一緒させていただいた女流名人・寺西さまなど、全国素人蕎麦打名人の優勝者を輩出されています。

まず、石井先生が、お話に続いて実演してくださいました。次に実際に、そば粉の水回し、練り、延し、切り、といった一連の作業を体験します。できたそばは、そば屋さんの厨房で茹でていただき、お座敷で、打ちたて茹でたてをいただきます。少々太めだったり、不揃いだったりする麺もご愛嬌。美味しくいただきました。

5人前を打ったので、残りはおみやげに。これもうれしいですね。そば打ち体験は、材料費と汁代含めて、1回3300円です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.04.05

江戸蕎麦屋めぐり 第11回フィールドワーク「亀戸かいわい 蕎麦散歩」

地元でも人気の「手打蕎麦 一休」と亀戸天神前の「純手打そば 越前」という2店にご案内いたしました。

亀戸駅前の亀の噴水公園(親亀・子亀・孫亀)~但元いり豆本店~スポーツの神様として親しまれている亀戸香取神社~亀戸大根発祥の碑~江戸切子「華硝」ギャラリー(お昼休み・残念)~普門院・伊藤左千夫の墓~亀戸天神社江戸鼈甲工芸 磯野~船橋屋~割烹 升本~西洋甲冑の工房~亀戸餃子など、江戸時代から天神様の門前町として栄えただけに、数多くの見どころがありました。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.04.04

月刊「酒めん肴」4月号より「わたしの蕎麦日記」スタート

1 2 月刊「酒めん肴」(日本麺類業団体連合会・発行)で、新しく「わたしの蕎麦日記」という連載がはじまりました。第1回は「五感が喜ぶ蕎麦、発見!」です。
http://fwgj.at.webry.info/200804/article_1.html

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.03.31

江戸蕎麦屋めぐり 第10回フィールドワーク「本八幡かいわい 蕎麦散歩」

「草庵」「市川一茶庵」という、知る人ぞ知る新進気鋭の蕎麦屋と一茶庵の県内有数の名店にご案内。

本八幡の蕎麦屋めぐりの合間に、八幡不知森(やわたやぶしらず)~葛飾八幡宮(参道~京成線の踏切脇に「耕地整理の記念碑」~市川特産・梨の生みの親「川上善六碑」~国指定天然記念物・樹齢1200年以上の千葉県最大のイチョウ「千本公孫樹」~歌手「岡晴夫碑」)~「サイゼリア」第1号店舗(笑)など、いろいろ見どころがありました。

1_2 2_2 3_2 4_2 5_2 6_2 7_2 8_2 9_2

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.03.26

ふきのとう & 手打ち蕎麦

1 2 3 4 岩手のS様より、クール便でたくさんの「ふきのとう」が届きました。数年前、S様をお訪ねしたとき、案内された早春の山野に、さみどりの美しいふきのとうがたくさん出ていたことを思い出します。

さっそく蕗味噌に(黒味噌を使用したため色が黒いですね)。また、天ぷらにして、自分が打った蕎麦といっしょにいただきました。ありがとうございます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.03.24

赤坂 ながら

1_6 2_4 S社のM編集長と訪問。赤坂小学校近くの路地の奥。一軒家の地下にある隠れ家的蕎麦屋。締めに、とろろ蕎麦をいただきました。

『イヌ好きが気になる50の疑問』は、おかげさまで3刷30,000部を超えました。昨年末から、ローソン各店でも販売していただき、1ヵ月半ほどの間に7,000部売れたとか。さすが、コンビ二強し。

新しい単行本の企画もいくつか進んでおります。

ただいま、花粉症のピークのため、公私ともに、なかなか自分の思うように身体も動かず、仕事もはかどりませんが、ここは我慢強く、じりじりじりと。。。何事も前向きに、すすめてまいりますぞ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.03.14

日本料理 赤坂 峰村

1 赤坂7丁目の赤坂通り沿いのビルの地下にある日本料理「峰村」へ。こちらの女将(Mさん)は 1年前から「江戸蕎麦散歩」をご一緒してくださっております。寒い日も、真夏の極暑の中も、毎月、お着物姿で、ともに街歩きを重ね、蕎麦屋を訪ねました。

そのMさんのお店を、他の受講生のみなさまもお訪ねしたいということで、昼食にご案内。この日もお着物に、割烹着のお姿でした。鱈の西京漬の定食をいただきました。お味噌汁、お新香、納豆が付いています。煮物は薄味です。

研究熱心なMさんは、このほど江戸ソバリエも修了。今年から毎週、某蕎麦屋で蕎麦打ちをなさっています。この日も、女将の手打ち蕎麦をいただきました。誤って、韃靼蕎麦粉を一割ほど入れてしまったとか。なかなかどうして、微妙に黄色がかった色合いも好ましく、風味もかえってよい気がしました。もちろん、細切りのおいしい蕎麦です。これから、更科にも挑戦して、変わり蕎麦を打ちたいとのこと。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.03.13

手打蕎麦 たかせ

1_4 2_3 神保町かいわいのお蕎麦屋さん、まだうかがっていないところがいろいろあります。救世軍ビルの近くの「手打蕎麦 たかせ」もその1つでした。素敵な店構え。1人で暖簾をくぐることのないまま、今回、お誘いいただいて初訪問。

明るく端正な店内は、場所柄か、若い女性の昼食としても利用されているよう。おひとりさまの姿もありました。喧騒を忘れさせてくれる、静かな空間。いいですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.03.03

本八幡 蕎麦 瀧森

1_2 2 3 4 以前から噂を耳にして、ひそかに注目して、探し歩いていた蕎麦屋さん。ようやく発見。JR本八幡駅南口から、通りをまっすぐ行ったところだったんですね。店構えというか、たたずまいからして、「むむ、オヌシできるな」という感じ。店内も派手さはないけれども、端正な雰囲気で、蕎麦も期待できそう。ご夫婦ではじめられた気さくな、それでいて心地よい緊張感が伝わります。丁寧な仕事が感じられるせいろにも満足。

ふと、私は蕎麦好きは当然ですけれど、「実は、蕎麦屋好きなのだな」と自分で納得しました。はい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.02.29

目黒「土山人」で句会

1 2 3 目黒川沿いの「土山人」にて、落語家の三遊亭円窓師匠はじめ、蕎麦好きのみなさまと第2回「霞の会句会」を開きました。

板わさ、カマンベールチーズと湯葉の味噌煮、だし巻き玉子、鴨ロース煮とグリーンサラダ、生粉打せいろ、手挽き田舎。石臼挽き自家製粉にこだわった蕎麦は、繊細な味わい。

次回は、桜の季節に合わせて開くことに。句会の詳細は、投句のとりまとめをしてくださっておりますソバリエ前島氏のブログをご覧くださいね。

http://fwgj.at.webry.info/200802/article_24.html

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2008.02.27

鴨づくし

1 2 2.26バースデイのお祝いでは、私にとって一生の宝ものとなるような品もいただきました。群馬の生んだ境涯俳人・村上鬼城の俳句の真筆です。額に色紙が入っています。鬼城のお孫さんの会計士の方から直接ゆずり受けたものだとか。大切な品をご恵送くださり、ありがとうございます。

風邪か花粉症か、わからないようなモウロウとした状態が続いています。仕事のノーリツも下がっています。けれどもなんとか頑張って片付けなければ。この山を乗り越えるのも、もうしばらく。。。。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.02.25

根津 鷹匠

1_5 2_5 3_3 春一番。みなさま、お元気ですかあああ。私は強風のなか、果敢にも?連日外出。1月半ばに一気に悪化したものの、その後沈静化しておりましたけれど、ついに花粉症の症状が本格的にあらわれました。ついに、です。これから数ヶ月、体調をだましだまし、なんとか無事乗り切れますように。。。

上野公園から芸大の横を通り、徒歩で根津まで。念願であった「鷹匠」を訪ねることができました。神田・眠庵を彷彿させる、路地奥の一軒家。女将さんの手打ち蕎麦はもちろん、なんとも贅沢な空間。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.02.22

両国 ほそ川

1_3 2_3 3_2

私の著書を担当してくださったM編集長と。新しい書籍の打ち合わせを兼ねてうかがいました。

肴もお酒もいろいろ。メニューに載っているものはほとんど!いただきました。写真は、せいろをいただいたあとの無花果のデザート。ともかく、もっと頑張らんとね。美味しい蕎麦をいただいて、ええ、頑張りますとも。と、しみじみ思いました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.02.21

江戸蕎麦屋めぐり 九段かいわい

1_4 2_4 3_4 4_2 「九段一茶庵 本店」と「手打ちそば 大川や」という一茶庵の名店と評判の高い気鋭の蕎麦屋にご案内いたしました。

地元・千代田区三番町にお住まいの中澤さまのご案内により、九段の蕎麦屋めぐりの合間に、新春のにぎやかさからふだんの落ち着きを取り戻した靖国神社(拝殿~各地の神社の絵馬~遊就館~相撲場~神池庭園)~和菓子「創業明治元年 宝来屋本店」~「洋菓子のゴンドラ」~東郷公園~帯坂など、たくさん見どころがありました。思いがけず、紅の寒梅や桜の芽も愛でることができました。

一茶庵で田舎そば、大川やで、公魚と牡蠣の天ぷらせいろをいただきました。

1_5

2_6 3_5 4_3 5_3

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.02.20

十割そば 蔵や 四谷店

1_3 2_3 3_2 以前、数人とお昼に利用したことがありました。店名に「十割」と名乗っていることもあり、機会があったらあらためて、訪ねようと思っていました。実は、このお店の通りの先にある「蕎麦善」が第一の目的でしたけれど、ちょうど中休みでしたので。

せいろと田舎が同時に味わえる合い盛りがメニューにあったので、それを注文。写真左がせいろ、右が田舎。結論から申しあげると、期待はずれかなあ。どちらも、もちもちとした蕎麦粉の風味に乏しいのです。汁も薄い。こちらは、ほかにも支店があるようです。同じ十割を名乗るチェーン店なら、「土風炉」でしたか? そちらのほうが、美味しく感じられました。

ただし、店内は、お酒を楽しむのにふさわしい落ち着いた雰囲気です。好感を持ちました。肴も旬の素材を活かしたものが目につきました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.02.16

にゅうめん & ほうとう

1_3 2_3 春遠からじ、といえども、寒い日が続きますね。こういうときは、具だくさんの、あたたかな「にゅうめん」や「ほうとう」もよいですね。

昨年来、抱えているある問題について、当事者に、思いきって、私の考えをぶつけました(堪忍袋の。。。)。まず、「私は怒っています」、そして「たいへん困惑しています」と訴えました。

何に怒り、困っているのかを説明するにしても、そもそも、その怒りを引き起こしている相手に説明したところでうまく伝わらないことも多く、ときとして逆ギレされて、さらに厄介なことになりかねない場合も。感情的にならず、あくまで建設的に意見を述べるタイミングなど、慎重を期する必要があります。

勇気をふるって述べたとしても、自分の真意が伝わらなかったりすると、そのことでまた自分自身に怒りが湧いて。。。なんて、負の連鎖になるのは嫌ですものね。

といっても、最近は多忙につき、時間がもったいないので、どうしようもないことは、さっさと忘れることにしています。次々にいろいろなことに熱中していると、怒りも持続しないもの。まあ、いつまでも、負の事象にこだわって怒っているよりは、心身ともに健全かも。

でも、今回のことは、私が主体的かつ継続的に関わらなければならないということなので、あえて具体的な提案・要求を申しあげました。さて、どうなりますやら。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.02.14

江戸蕎麦屋めぐり 神楽坂・江戸川橋かいわい

1_3 2_3 3

「神楽坂 玄菱」「めん処 はし」という土地の皆さんに愛されている2店にご案内いたしました。

蕎麦屋めぐりの合間に、地蔵坂~子育て地蔵~地蔵通り商店街~神田川にかかる江戸川橋~江戸川橋公園~椿山荘・庭園 七福神めぐり~関口芭蕉庵など、まだ紅葉の残る神田川沿いの遊歩道を散策しました。

「はし」で私は、温蕎麦の岩海苔と小海老天の蕎麦のセットをいただきました。どちらも美味。いい仕事していますね、という感じでした。

1_3 2_3 3_3

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.02.03

お江戸蕎麦散歩 浅草かいわい

1_6 2_7 4_5 「やかた」「駒形 蕎上人(そばしょうにん)」という2店にご案内いたしました。吾妻橋近くの「ホテルニュー魚眠荘」1階にある山形そばの「やかた」(毎月、手打ちそばを愉しむ「そば会」を開催)と、独立開業向けのそば教室も開いている「蕎上人」です。

観光客や人力車の車夫でにぎわう雷門~デンキブランで知られる明治創業の「神谷バー」~吾妻橋~仲見世~伝法院通り~浅草公会堂 スターの手形江戸金銀工芸「もり銀」~並木通り~など、たくさん見どころがありました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.01.28

亀戸四丁目 美津田

1_3 2_3 1_4 2_4 石臼挽きそばの店「美津田」でせいろ。亀戸天神の表参道で開業して50年以上になるという「パンファンキムラヤ」の店先に、亀の親子が。粒あんの親亀の上にのっている子亀・孫亀はこしあんなのだとか。いかにも、亀戸らしいパン。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.01.23

江戸蕎麦屋めぐり 浅草橋かいわい

1 3 「手打ち蕎麦 更里」「江戸蕎麦手打処 あさだ」という更科系のお店と安政元年創業・八代目の老舗にご案内。

「久月」「秀月」「吉徳」などの人形問屋の街・浅草橋は、浅草寺の門前として栄えました。「浅草橋」「浅草見附」~屋形船の発着場~マトリョーシカの店~柳橋の船宿~梅花亭(元祖三笠山)~佃煮の小松屋~柳橋~両国広小路の碑~川崎大師別院・薬げん堀不動尊~大木唐がらし店~料亭 亀清楼~神社~鰻 よし田~ビーズ・アクセサリーなどの問屋が並ぶ江戸通りなど。

1_2 2_2 4 5 5_2 6

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.01.18

雑司が谷 蕎麦 和邑

1_3 2_2 3_2 4_2 5 6 いつうかがっても、江戸の蕎麦屋の情緒にあふれたお店。都電の「雑司が谷」駅の近くです。

春風亭勢朝師匠からいただくメール通信。今回も風刺が冴えています。以下引用♪

「『日本製紙』・・お前もか!?年明け早々、又謝罪会見を見せられる羽目になろうとは。『薄っぺらな会見』(紙屋だけに)まったく詫びてない社長(辞めれば良いんだろう・・)『古紙淡々』としたイメージでした。他の製紙会社もやってるとか・・真相は『かみのみぞ知る』・・もう『漉き勝手に』して下さい。※日本の紙製造技術は、世界に冠たるもの・・紙は木の恩恵・・それを只儲ければ良いと言う浅慮。いずれ『八百万のかみ』の罰があたる事でしょう」

それにしても、ここのところ、朝とても冷えます。まだ暖房が効かない書斎で、パソコンに向かっていると、手がかじかんで、うまくキーボードが叩けないこともありました。手先が冷えるので、手袋しようかと思ったほど。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.01.15

赤坂 割烹蕎麦処 たけがみ

4 S社の新書編集長M様と、出版企画についてのお打ち合わせ。「吉田さんの行きたいお店で、蕎麦をすすりながらやりましょう」というお言葉に甘えて、今回も、個人的に関心のあった赤坂の「たけがみ」を指定させていただきました。

こちらは、一ツ木通りから路地に入ったところにある料亭。夜はコース料理でしょうけれど、ランチは1000円ちょっとで、蕎麦と天丼などのセットをいただけます。料亭の雰囲気を愉しむにはよろしいかと。

2階の大広間のようなところのテーブル席で。天井は高くて広いのだけれど、空間が広いわりには、ちょうど混み合っていたせいもあるでしょうけれども、隣との間が狭い気がして、どうも落ち着かないなあ。お蕎麦は、それなりに美味しいのですけれど。

お食事ののち、M編集長とともにS社を訪問。新刊をいただく。そうそう、M編集長より、「炎環」20周年記念大会に、お祝いのお花をいただきました。ありがとうございます。

帰りは、青山一丁目駅へ出て、渋谷を経由してバスで洗足方面へ。4時間!近くも会議ののち、さらに、自由が丘で夕食、3人。しっかり、十割そばで締めましたよ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.01.14

おくのほそ道 蕎麦紀行

1 2 松尾芭蕉の好物は、蒟蒻、油あげ、豆腐、納豆、とろろ汁……。

江戸の芭蕉庵で自炊していたときの主食は、菜飯、麦飯にとろろ汁、里芋の茎を日干した芋茎(ずいき)を炊き込んだ粥飯、芹飯など。今でいうと、菜食主義というか粗食。淡泊であっさりした味わいや香りを好んだ。江戸の蕎麦切りも大好物であったことは想像に難くない。

『おくのほそ道』で私が不思議に思うのは、飲食に関する具体的な記述がほとんどないこと。歩き、食し、寝るという旅の本質は、商人や武士はもちろん、俳人にとっても変わりはないはず。各地の俳句の弟子と後援者が頼りであった芭蕉の漂泊の旅で、私は、芭蕉がどこでなにを食したのかということに、大きな関心がある。

「好んで酒を飲むべからず。饗応により固辞しがたくとも、微醺にて止むべし」
これは、旅先で歓待されることが多かった芭蕉の『行脚の掟・道中心得十七ヶ条』として伝えられている。「すすんで酒を飲むのは好ましくない。宴会で断りがたいときも、ほろ酔い程度でやめておくべきです」と述べている。

日頃、清貧に甘んじ、粗食の暮らしむきをいとおしみ、枯淡としていた芭蕉。その一方で、もともと人一倍美食に通じた美食家でもあった。でも、晩年の芭蕉は、胆石や痔などの持病があった。胃腸が弱り、激痛のため、食も細りがちであった。飲酒については、とくに気を配っていたに違いない。それだけに、自戒として「微醺にて止むべし」と心に深く刻んでいたのであろう。

元禄2(1689)年春、弟子の曽良は、芭蕉の旅に同行することが決まると、行路の名所旧跡、歌枕の地を詳細に調べ、道案内をつとめる。メモ魔の曽良の『旅日記』から、日付や天候、宿泊先の手配はもちろん、お金の管理もして師の旅を支えていたことが読みとれる。

『旅日記』の飲食の記述で目立つのは、酒・蕎麦・饂飩。やはり、芭蕉は蕎麦好きだったことがわかる。芭蕉は、行く先々で土地の蕎麦を食したのだろうなあ。そう思うと、芭蕉がより身近に感じられる。芭蕉のあとを追って私も、「おくのほそ道 蕎麦紀行」に発ちたい衝動に駆られる。

(「江戸ソバリエ倶楽部通信」第4号掲載 20077