書評

『どつどどどどう』5

二〇〇一年九月一一日、ニューヨークで起こった同時多発テロに、たまたま居合わせた。テロを詠んだ一連の句より。

湧きあがるテロの噴煙緋のカンナ 

火を噴いてビルが崩るる日の盛り

行く夏をマンハッタンが燃えてゐる

テロのような時事を詠むことは、俳句ではかなり難しいこととされている。短い詩形なので、時事の説明や解説のようになって、無残にも失敗してしまう場合が多いからだ。

しかし、時事を詠むことは、俳句の言葉を時代と合わせるためにも、俳人にとって必要な感覚、姿勢だと思う。そこに一平さんは挑んだ。直面したものとして、詠まざるをえなくなったといってもよい。

大島を離れ、東京を飛び立ち、中国、韓国、ニューヨークへ。歩き回り、「どつどどどどう」と時代の風に絶えず触れ続けることで、一平さんは、俳句の言葉の根っこを鍛え続けているのだと思う。

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『どつどどどどう』4

句集には、「豆の木」で二〇句競作として発表された、忘れがたい佳句が随所に見られる。なかでも、「雛流る」の句は、説明的のようでいて、抜群に目が効いている。面白くなる一歩手前で踏みとどまっているところがいい感じ。

  頭を石にあてて向き替え雛流る

  

    川曲がるあたりもつとも囀れる

  

    お涅槃の皿に渦巻くマヨネーズ

  

    マネキンの髪の銀色夏兆す

  金魚売り影を揺らして起ちあがる

「物に即し客観写生を心がけようとしているつもりなのだろうが、実際は物を見る常識的な主観の域を出ていない」「全体的に漫然と描写していて、対象の本質に届いていない」という厳しい指摘がある一方、「いい感じの気持ちのゆれ」「古典的ユーモア」「滋味がある」「さりげない詩情」「読めば読むほど味わいが出てくる」「句の芯に体温を感じる」「具象の力」「あっさりした作風」「手練れ」と圧倒的な支持を受け、一九九八年二〇句競作豆の木賞に輝いた。

ここに挙げた選評の抜粋からでも、その俳句の魅力は十分語り尽くされている気がする。

しかし、一平さんは、このことに安住しなかった。東北人特有の粘り強さ、勤勉さであろうか、さらに高みを目指してチャレンジを惜しまなかった。

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『どつどどどどう』3

「炎環」の仲間と一平さんのご案内で、一平さんの故郷、宮城県気仙沼市大島を訪ねたことがある。

船に群がるように飛翔するカモメたちと気仙沼湾を渡ると、そこが大島であった。一平さんは、ご自分についてあまり多くを語らないが、お父さまは、地元で俳句大会も主催されている俳人として知られる方であった。そのときの句会より。

  箱眼鏡祖父の噛み痕残りをり

「正月といえば歌留多とりをするのが常だった。記憶力が良いと、周囲を驚かせたらしい」と一平さんはいう。私は、家族や島のみなさんの期待を一心に受けて上京する学生服姿の一平少年を私は想像する。

樟脳舟しやうなう尽きてしまひけり

樟脳舟(しょうのうぶね)は、夏祭りの屋台などで売られていたセルロイド製の玩具。後部に樟脳を挟むところがあって、洗面器に浮かべて走らせるのだという。「しやうなう」のひらがな表記が、「しようがない」みたいで、どこか切ない。思いつめたように、洗面器の舟を見つめる一平少年の姿が浮かぶ。

そういえば、一平さんは、生真面目なところがある。いつも穏やかだが、ふと見るとその目は笑っておらず、真剣そのもので、「巨人の星」の星飛雄馬みたいに、瞳の中に炎が静かに燃えていたりする。俳句に対する取り組みは真摯そのものだ。「一平さんは、俳句に賭けている」と実感する。

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『どつどどどどう』2

私が、一平さんにお会いしたのは、俳句を始めて間もなく、初めて吟行に参加したときである。

「休日に句会に出るときは、子供も連れて行くようにいわれているから」と小学生のお嬢さんを連れてみえていた。毎日のように句会に出席して修練されている「猛者俳人」とは、そのときは知るよしもなかったが、「えつかちゃん」と新人をあた

たかく迎えてくださったことが印象に残っている。

以来、その印象は変わらない。考えてみれば、不思議ではある。一平さんとはさまざまな句会や吟行にご一緒してきたが、若い句友に混じっての句会でも、ベテランだからといってことさら気負うでも威張るでもない。

どんなときも気どらず、淡々とされている。クマさんのように大きな身体を心なしか丸めて、寡黙にノートにサインペンを走らせ、一心に句を詠む朴訥な横顔が浮かぶ。

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『どつどどどどう』1

句集『どつどどどどう』が、「菊田一平の第一句集」と知って、意外に思った人も少なくないだろう。一平さんは、句集のオビにあるように「日々俳人、刻々俳人」として、すでに三〇年近い俳歴と実力の持ち主である。

掲載句を一九九〇~二〇〇二年の三五〇句に絞り込んでいることからも、初句集に賭ける並々ならぬ意欲を感じる。そこには、力強さ、素朴さ、繊細さが同居している。

  どつどどどどう賢治の空や木の実落つ

雛壇のみな親戚のやうな顔

    薄紙に雛の容の残りをり

  天金の旧約聖書風邪心地

  夜は夜のかほして秋の金魚かな

トラピスチヌ修道院の松手入

ふらここのぶつかりさうな消火栓

相続のひとつに茸山の地図

  雪の日の雀あつまる大きな木

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『どつどどどどう』3

「炎環」の仲間と一平さんのご案内で、一平さんの故郷、宮城県気仙沼市大島を訪ねたことがある。

船に群がるように飛翔するカモメたちと気仙沼湾を渡ると、そこが大島であった。一平さんは、ご自分についてあまり多くを語らないが、お父さまは、地元で俳句大会も主催されている俳人として知られる方であった。そのときの句会より。

  箱眼鏡祖父の噛み痕残りをり

「正月といえば歌留多とりをするのが常だった。記憶力が良いと、周囲を驚かせたらしい」と一平さんはいう。私は、家族や島のみなさんの期待を一心に受けて上京する学生服姿の一平少年を想像する。

樟脳舟しやうなう尽きてしまひけり

樟脳舟(しょうのうぶね)は、夏祭りの屋台などで売られていたセルロイド製の玩具。後部に樟脳を挟むところがあって、洗面器に浮かべて走らせるのだという。「しやうなう」のひらがな表記が、「しようがない」みたいで、どこか切ない。思いつめたように、洗面器の舟を見つめる一平少年の姿が浮かぶ。

そういえば、一平さんは、生真面目なところがある。いつも穏やかだが、ふと見るとその目は笑っておらず、真剣そのもので、「巨人の星」の星飛雄馬みたいに、瞳の中に炎が静かに燃えていたりする。

俳句に対する取り組みは真摯そのものだ。「一平さんは、俳句に賭けている」と実感する。

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朝日新聞「今、注目の本。」

先週、朝日新聞「今、注目の本。」として、『わん句歳時記』が表紙とともにご紹介されました。

「俳句で深まる愛犬との絆」というタイトルの書評でしたが、とてもよくこちらの想いを表現していただいておりました。

「日めくり犬の句」更新されました
http://www.publiday.com/publiday/072/070.html

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辞世の句

句集『月光の音』は、1998年の『ぽぽのあたり』以降の作品を集めた、坪内稔典さんの第9句集。

その魅力を一言でいうならば、「ひょうきん」という気がする。

例えば、「河馬」「赤ちやん」「深雪晴」「枇杷の花」「ねむ咲いて」など、頻出する言葉がある。意識的なのか、こだわりはじまると、独自の世界が展開する。

遺言8句もそうだ。俳人仲間へ。古本屋のおやじへ。若い友人へ。弟に。娘に。妻に。ネンテン氏自身、辞世の句という試みを愉しんでいる。どこまでも明るく、ひょうひょうと。そして、したたかに。

正岡子規を生んだ愛媛県出身。大学時代、企画力とリーダーシップを発揮して、全国俳句連盟を組織。その頃から交友のあった故・攝津幸彦は、ネンテン氏を早熟の人である、という。

攝津は次のように述べている。

「彼の処女評論集である『正岡子規』の第一章の冒頭には、小学六年生にして子規の伝記を読み、俳句を書こうとし、高浜虚子の『季寄せ』を手に故郷佐田岬の稜線伝いに吟行をなしたことや、当時もっていた本に『通解万葉集』や角川文庫の『現代詩集』の二冊があったと書いてあることでもその片鱗が伺える」

12歳の頃、いったい何に夢中になっていたのかしら。

交換日記くらいしか思い浮かばない私にとって、独り俳句に打ち込んでいたネンテン少年の姿は、異なる世界の光景のように眩しく映る。

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全国の河馬

俳人というより、評論の人という思い込みがあったためか、句集はどうかなぁ、と正直なところ思っていたのだが、予想に反しておもしろい。

坪内稔典句集『月光の音』(2001)の240句を数える句の作品に中で、「いいなぁ」と思う句が30句以上あった。

これが多いのかどうか、よくわからない。しかし、これまで、さまざまな句集を読む機会を与えられたが、私としては、かなりの確率という気がする。

一羽いて雲雀の空になつている

てのひらの匂い雲雀の巣の匂い

梅三分キスの音しているような

口あけて全国の河馬の桜咲

麦秋の自ら濡れている蛇口

頭から突入森の七月へ

水澄んで河馬のお尻丸く浮く

ころがして二百十日の赤ん坊

葛咲いて父84母あの世

びわ熟れて釘とか父とかぼろぼろに

雁渡し乳房が張るという感じ

ねっ、リズムも良いでしょ。

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ほんたうの自分

句集『漂白の歌』の序で、草堂さんは次のように述べている。

「旅に出ると市井の雑事に紛れてゐたほんたうの心が甦り、かへつて憂鬱になることが多い。(中略)

私が旅に出るのは、愉しいからではなく、ほんたうの自分に会ひたいからである。ほんたうに生きるための糧を得たいからである。

明日への希望を見出すために、私は旅をつづける」

草堂という人は、自分の弱さや孤独から目をそらさなかった、と思う。

その句は、自然に一歩もひかず、凝視し、人間や自然を詠むといったことを超えて、より大きな時空で、生命の根源的なものを追求していたような気がする。

草堂のことを何も知らなかった私。だが、いま、草堂の俳句熱がじわじわと侵食してくる。

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