「はなまるマーケット」で点々句会がご紹介
毎月、「点々句会」でごいっしょさせていただいている水野真紀さんこと俳号・泡波(あわわ)さんが、7日朝の「はなまるマーケット」のインタビューに出演され、「点々句会」のお写真(泡波さんのお隣に私も)を公開されながら、「いま俳句に夢中です」とお話をされました。
ぼく笑う磯巾着もまた笑う 泡波
毎月、「点々句会」でごいっしょさせていただいている水野真紀さんこと俳号・泡波(あわわ)さんが、7日朝の「はなまるマーケット」のインタビューに出演され、「点々句会」のお写真(泡波さんのお隣に私も)を公開されながら、「いま俳句に夢中です」とお話をされました。
ぼく笑う磯巾着もまた笑う 泡波
亀戸天神の藤は、江戸時代より有名ですが、1度も観たことがありませんでした。今年は、初詣、観梅に続いて、藤も見に行くことに。
連休中は、境内を埋め尽くす人出とうかがっていました。けれども、曇天の連休の谷間だったせいか、それほどでもありません。たいこ橋で立ち止まって写真を撮るなど、ゆっくり歩くことが出来ました。
終わりから2枚目の写真は、梅のころのもの。上の写真が現在です。藤棚の繁りようがおわかりいただけると思います。
昼食は、亀戸大根を使った懐石料理の老舗「桝本」の松花堂弁当、「船橋屋」のくず餅も忘れてなりませんね。地元のKさんのお宅にお邪魔してお茶とお菓子もいただきました。
一応、ブログのカテゴリーを「俳句」としました。でも、藤では1句もできておりません(笑)。
にんげんも絶滅危惧種初明り
着ぶくれて訊くペンギンは鳥ですか
速達の詫び状冬芽ふくらみし
よく動くのど仏なり花は葉に
一杯の水に底あり麦の秋
襁褓のごと烏賊吊るさるる大暑かな
くたくたのタオル一枚小鳥来る
秋天や水分多き赤ん坊
秋の風おもふかたちの胃の腑かな
月光の中や地鳴りのオートバイ
一五〇回記念句集からもう五年の歳月を経たということに、まずびっくり。「杜の会」最年少会員だった私も、なんと……、これまた驚きです。こう見えても(笑)、私は、子供のころから神経が繊細で、実はとても傷つきやすい人間なのでした。ふつうの人はなんとも思わないことや音や匂いに人一番敏感など、自分はどこか変わっているのではないか。子供心に、鋭敏な神経を持て余し気味でした。みんな何食わぬ顔をしているけれど実はどうなのかな。透明人間になって、その内面を知りたいと本気で願ったこともありました。もっと図太く、無神経にならなければと、自らの感覚や感情を抑えるように、いつしかなっていったようにも思います。そうした修練(?)の甲斐もあり、今では、それなりに自分とうまく折り合いをつけられるようになってきたような。でも、根っこの部分はあまり変わっていない気もするわけで。結局、まあいいやという感じです。やれ、やれ。(「杜の会」200回記念句集より)
うららかな雲ひきよせし象の鼻
三月や弾力のある薔薇の棘
太陽へとんがつてゐるチューリップ
春愁ひ鳴ると思ふと時計鳴る
親展の文くる今朝のさくらかな
満開の花しろくなり甘くなり
花冷えや携帯電話鳴る刹那
さくらさくら闇より闇へ橋わたし
フルコースの食器真白き四月かな
竹箸の交差のかろし春の潮
かくれんぼ横丁春の火事見舞ひ
矢車の音の明るし神楽坂
鶏の皮かりかり炒め立夏かな
神域の泉羽毛のひとつ浮き
骨片のごとく浴びをり瀧しぶき
みづいろの水着もつとも濡れてをり
とりあへず玉葱ありぬ雨催
ポリエステル一〇〇パーセント水中花
昼寝覚め物干竿の鳴つてゐる
水中花みづにをひれのついてをり
薬を服用しなくても花粉症の症状が、ほとんど出てこなくなりました。ひとまず小康状態かな。と、喜んでいると、くしゃみが出たりして、まだ油断はできません。でも、このまま花粉症がフェードアウトしてくれるとうれしいのですけれど。
俳句集団「豆の木」25人による「豆の木」12号ができあがってまいりました(写真右)。さらに、先日、200回記念句集を刊行した「杜の会」17人による「鳥海むねき句集『只今』私の一句鑑賞」も冊子として完成。そこより私の文章を転載します。
鳥海むねきは、眺める俳人である。「福袋提げて渚のながめかな」で始まる句集には、「雪林を屍の父とながめてをり」「只今をながめてゐたり蕨餅」「黄釣舟草眺めなほして此岸なり」という句がある。「径」「草」と並んで、むねき俳句には、「天」「宙」を詠んだ句も多い。なかでも「鰯雲あふるる天に出口なし」は、まさに眺めることに徹することで得た一句。「出口なし」と断言しているが、作者の意識は、より高く自由に飛翔している。閉塞的ではない。不思議な明るさ、果てしなさに満ちている。(吉田 悦花)
先月ご紹介した群馬の生んだ境涯俳人・村上鬼城の俳句の真筆です。額に入っています。
群馬在住のK様の旦那様(故人)が、鬼城のお孫さんに当たる会計士の方から、直接ゆずり受けられたものだとか。形見の品を私が譲り受けたことになります。リビングに飾って、毎日ながめています
ところで。。。3月に入り、半ばも過ぎて、花粉症の症状が重くなってまいりました。鼻水や目のかゆみなどの不快感を完璧にブロックすることはできません。とくに、目が芯から痛み、偏頭痛も起こるようになってきました。思考能力や集中力も一気にダウン。パソコンや読書など、日頃から人一倍目を使うだけに、なんとも。。。困っています。
今年、初めて花粉症になった、しかも八十代で、、という方がいらっしゃいました。それだけ、今年はキョウレツなのかしら。みなさま、お気をつけください。
4月からスタートする新しい講座のご案内です。講師と一緒に公園や街並みを散歩しながら、携帯電話の写真で心ひかれた風景を撮影し、一句添えます。出来た作品はメール送信して、アドバイスも受けられます。お気軽に「俳句さんぽ」はじめませんか?
作家・「吉田悦花のわん句にゃん句」主宰 吉田 悦花
日本テレビ・読売文化センター京葉
●第2金曜 10:30~12:00 「ケータイ写真で楽しむ俳句さんぽ 」 http://ync.ne.jp:8080/cms/html/12108614560.html
●第3金曜 11:00~14:00 「江戸蕎麦屋めぐり」http://ync.ne.jp:8080/cms/html/12108894792.html
「江戸蕎麦屋めぐり」講座は、町屋・北千住センターでも開催しております
今年の初詣は、初めて亀戸天神へ。地元のk様にご案内をお願いいたしました。k様とは、亀戸で代々会計事務所をなさっていたT様の取材の際に知り合い、以来十数年のおつきあい。江戸っ子のTさんは、とても面倒見のよい方で、私のことを娘のように思ってくださっていました。
残念ながら、そのT様が亡くなられて1年。でも、そのご近所のk様もとても親切な方で、初詣をご一緒していただけるとは、なんとも人のつながりは有り難いものですね。
k様に連れられて、くず餅で有名な船橋屋本店の甘味処へ。白玉あんみつをいただきました。濃厚な黒みつとよく練られた餡。白玉とくず餅が入っているデラックス版。
成田山新勝寺はこちら
http://homepage3.nifty.com/e-factory/haiku/gendai300/narita.html
短詩関係のある年鑑の編集部より、作家データを確認するようにご案内をいただきました。年鑑に掲載される、俳号、連絡先、所属結社、主な著書などのあとに「わたしの会心の一句」という項目が。「2007年発表の作品より、あなたが最高の出来であったと思われる一句をお書き添えください」。。。。困るんですよねえ、こういうの。
久しぶりに京成線に揺られて京成立石駅で下車。楢喜八さんの「炎環」表紙画展へ(8日まで開催)。毎月、描きおろしのカラー原画は、いずれも素敵。「炎環」からお送りしたお花も会場に飾られていました。喜八さんから、「学校の怪談」のキャラクター入りマッチと表紙画のカレンダーをいただきました。
ギャラリー「レノロココ」のオーナーの水上美恵子さんに、立石かいわいの手打ち蕎麦屋情報をうかがいました。「下駄や」というお店がオススメだそう。喜八さんも1度訪ねたところ、居酒屋みたいなつくりでちょっと驚いたとか。蕎麦通の評判が高い「G庵」について、水上さんに訊ねたところ、「量が少ないわね」とばっさり。
俳句集団「豆の木」で、「11月の好きな句」として、ぽぽなさんが、私の句を選んでくださいました。ありがとうございます。以下、転載させていただきます。
秋澄むや童話のやうに腕ひらく 吉田 悦花
中七下五「童話のやうに腕ひらく」の表現がとても魅力的で、一読で惹かれた句。腕ひらく。何かを求めるように。何かを受け入れるように。その何かは、不思議のかたまり。そう、世界は不思議のかたまり。(ぽぽな・評)
このほど、水原秋櫻子、山口誓子、飯田龍太、鷹羽狩行の4俳人の『自選自解句集』4冊が、講談社より同時刊行されました。「俳句界の巨匠自ら明かした俳句の真髄」ということで、いずれも、自句自解200句、作品の周辺、著者年譜、収録句作品で構成されております。装丁も素敵な仕上がりです。
私は、担当編集者のkさんより、企画段階でご相談を受けました。あれは、銀座のかたすみの蕎麦屋さんで、せいろをいただきながら、でしたね。この4冊の編集協力もちょっぴりさせていただきました。
今月の点々句会で、写太さんこと、写真家の橋本照嵩(しょうこう)さんより、「俳句界」12月号をいただきました。照嵩さんは、「俳句界NOW」など、現代俳人をクローズアップする連載記事の撮影をなさっています。
今号では、照嵩さんが撮られた山口青邨、永田耕衣、山口誓子、加藤楸邨、鈴木真砂女、飯田龍太など、いまは亡き俳人30人の肖像写真を特集しています。俳人の素顔がうかがえる、まさに永久保存版です。
また照嵩さんは、「文学の森祭」で特別賞も受賞されたとのこと。おめでとうございます。
●2007年11月26日 (月)~12月8日(土)
玉ちゃん行き着けのお店、町屋「あかりや」で開かれた春風亭美由紀さんの俗曲の会にうかがいました。カウンターのかぶりつきで、美由紀さんの唄と三味線を堪能いたしました。
午後7時から貸切で行われた会は、約15名のみゆきファンとの掛け合いも楽しく、歌に踊に(?)実になごやかな雰囲気。休憩をはさんでの2部構成。お食事もとても美味しゅうございました。
そうそう美由紀さんは、数年前に「炎環」が主催した隅田川屋形船吟行に同乗され、船内で芸を披露してくださったこともあるのです。
また「あかりや」のママ・由子さんは、地元で俳句もなさっていて、「サンデー毎日」の「サンデー俳句王」の天に輝いたことも。
チヂミ焼くフライパン手に缶ビール 畑 由子
店内には、「チワワとは思い切つたるお買初め」という選者の冨士眞奈美さんの俳句の色紙も飾られていました。
平成19年10月の10周年を区切りとして、41号をもって終刊することに決めました、というご挨拶とともに、主宰の山崎蒼平さんより、「現代川柳 塊」誌が送られてきました。
今号は、「川柳発祥250年記念」として「第4回中村富二賞」が発表され、増ページとなっています。別冊として、「塊」同人によって上梓された『現代川柳「塊」合同句集』(A5版上製本・銀箔押し・箱入・300ページ)もいっしょに送ってくださいました。
思い返せば、山崎蒼平さんと知り合ったのは、「塊」を創刊する前、短詩人連盟の受賞式が伊豆で行われたときだったと思います。そのころ私は、川柳の会にも参加していて、ちょうど合同句集を発行したところでしたので、蒼平さんに差し上げました。
私の作品は、ほんのお遊びのつたないものでしたが、蒼平さんはこのことをよく覚えてくださっていたのか、蒼平さんのご紹介で、私は、ある女性誌の読者による短詩の寄稿コラム1ページの選評を連載をすることになりました。
「塊」は、1997年に創刊以来、ご恵送いただきました。私の俳句作品を招待作家ということで、掲載していただいたこともあります。5周年記念のパーティが横浜みなとみらいのホテルで開かれたときにも参加。同じテーブルには、川柳結社の主宰のみなさんとともに、沖縄在住の俳人もいらしていました。それが岸本マチ子さんで、沖縄に行ったときに再会しました。5周年を記念した蒼平さんの句集もいただきました。
この10年間の足跡をちよっと辿るだけでも、いろいろなことがありました。少なくとも、私と川柳の接点をつくってくださったのは蒼平さんのおかげだと感謝しています。お疲れさまでした。これからもよろしくお願いいたします。
今年は、猛暑にめげず2冊本を書き上げて、晩夏から秋にかけては、しばらく映画鑑賞や読書休暇のつもりでした。でも、それもつかの間、今月も選句に携わりました。
正確には、4800句の投句の中から500句を選び出すというもの。投句は北海道から沖縄まで、各都道府県にわたっていて、さながらニッポンの季感を縦断するような感じです。それなりに大変ですが、やりがいもあります。この時期、多く見られるのは、「曼珠沙華」の季語。4句に1句は曼珠沙華の句という感じ。とくに畦、棚田と組み合わされることが多いようです。
さらに毎回、投句される方の高齢化についても考えさせられます。とくに農業に従事される方の高齢化は深刻で、このまま農を継ぐ人がいなくなってしまったら、日本の農業は食糧はどうなってしまうのだろうと思います。
さて、2つの新刊のお知らせを神田雑学大学の知人のHさんよりいただきました。桜出版の編集主幹の山田武秋さんが、「サンデー毎日」の誌上で寄稿を呼びかけたもので、『昭和の群像』には、山田さんの高校の先輩氏に当たるHさんも、著者のお1人として参加なさっているそうです。
「父や母。祖父母らがどんな時代を生き抜いてきたかを知ることは、自分を知ることでもある。本書ではエッセイのほか、俳句、短歌、五行歌、童話といった作品のアンサンブルを通して、風化させてはならない昭和に迫った。戦争の昭和を追体験することは決してあってはならない。」(『昭和の群像』あとがきより)
写真は今朝のわが家のバラです。
「川柳250年に活躍する川柳作家・愛好家全員で、世紀に残る日本一の合同川柳句集を発刊します!」ということで、参加要項が郵送されてきました。今年末発行予定で、1冊15000円の豪華本になるようです。
それがなぜ、私に? いつから、川柳作家のカテゴリー入りしていたのかな?
そういえば、たしかに数年前まで、川柳の会に参加していました。「俳句やっているのだから、川柳も詠めるでしょ」と、先輩の女性編集者の方にお誘いいただき、それなりに由緒ある川柳会に引き込まれ、居酒屋で定期的に開催されていた集まりに参加。メンバーは、編集者、脚本家、作家、教員、なかには福岡から駆けつけていた大学教授もいらっしゃいました。
しかも、そのお仲間と記念の「川柳集」も何冊か刊行。そんなこんなで、新葉館の「川柳マガジン」編集部の取材を受けたことも。それが縁で、私は「川柳年鑑」に川柳作家として登録されているようです。といっても、実物の年鑑を手にしたことはないので、未確認ですが。さらに、私の川柳が、朝日新聞のカコミ記事に掲載されたこともありました。
そんなこと、あんなこと。ちょっと忘れかけていた私の川柳歴を思い出しました。写真は、今朝のわが家のバラ。
碧梧桐全集・全十四巻の刊行を進めておられる俳人の来空さん。平成13年に第一巻「作品集Ⅰ 自由律・短詩時代」をはじめ、評論集・日記集などを刊行し、残るはあと1巻だとか。
近代俳句の源流ともいえる正岡子規、高浜虚子、そして河東碧梧桐。子規と虚子は、全集はもちろん、さまざまな研究がされています。でも、碧梧桐については全集すら刊行されていませんでした。
全集の刊行にほとんど独力で取り組んでいる短詩人連盟会長の来空さん。このほど76歳になられたとか。予約注文は、fax 042-386-8509まで。各巻1冊から受けてくださるそうです。近況報告とともに、近作を寄せてくださいました。
くうやくわずや来空菩薩
行かせないピン。キリまんじゃろ
この来空さんも、出会って15年になります。きっかけはなんだったのか、それすら、今ではもう忘れかけているほどですが(笑)。とにかく、私が俳句をかじり出してまもなくの頃です。有名無名を問わず、季語や定型にこだわらない自由律の俳句をつくっている俳人にも、来空さんを通じてたくさんお目にかかりました。ほんとうに、出会いって不思議ですね。
母・あぐりさんが百歳を迎えられたことを娘の吉行和子さんが、「俳句あるふあ」連載中のエッセイ「最初はグー」に記されています。
毎月、和子さんこと窓烏さんとご一緒している点々句会で、あぐりさんと海外旅行に行かれたこと、そして最近は、入院なさっているあぐりさんを見舞われていることなどを耳にしていました。エッセイには、90代まで現役の美容師として働いてこられたあぐりさんの近況が綴られています。
私は、市ヶ谷の「吉行あぐり美容室」にうかがい、あぐりさんにインタビューをしたことがあります。当時すでに80代半ばだったと思いますが、実にかくしゃくとされていました。今でも、そのお店のあったビルの前を通るたび、あぐりさんのことを思います。お元気になられますようお祈りしております。
わが家の庭の柚子が青く、たくさん生っています。今年は、当たり年かなあ。楽しみです。
月刊「ジャパン ペット プレス」vol.4で「吉田悦花のわん句にゃん句」の連載がスタートしました。http://www.petwalker.jp/news/story.php?sNum=314
http://www.geocities.jp/hh_nippa/wanku/index.html
新米をいただいています。脂ののった焼秋刀魚と。最高ですね。
新米の袋円卓会議かな 吉田悦花
毎月、定期購読している俳句誌のほかに、縁あってご恵送いただいている結社誌がいくつかあります。
たとえば、中塚唯人主宰の「海紅」、こちらは、この九月号で、なんと!第一千四十一号。中塚一碧楼筆と思われる赤い題字がまた素敵。自由律俳句誌です。銀行員を辞して主宰になられたばかりの頃、唯人さんにお話をうかがったことがあり、以来、送ってくださっています。
高島征夫主宰の「ノロ(ケモノヘンに章)」九月号「近詠拝誦」欄に、作品を掲載していただきました。いつもありがとうございます。
反りかへるまつげ立夏となりにけり 吉田悦花
かへりみし傍聴席の春の闇 悦花
夏至の日とて鏡太郎忌の沖遠く 高島征夫
西日が貫く羽ぼろぼろな禿鷹よ 高島 茂
中島誠之助さんよりお礼状をいただきました。俳句総合誌の編集部より、どなたか、金子兜太さんのお相手として登場してくださる方をご紹介してほしいということで、中島さんをご推薦したのです。
10年以上前、取材でご自宅をご訪問して以来、いろいろご連絡をとらせていただいています。さっそく打診したところ、お忙しい中でしたが、承諾してくださいました。葉書には、「お取次の労を感謝します」とありました。恐縮です。
ところで、先日、龍太・誓子・秋桜子の著作などを調べていて、各人実にさまざまな歳時記を多数刊行していることを知りました。歳時記ってほんとうに奥が深い。私が句会のときなど、バッグに入れて気軽に利用しているのは、文庫サイズの『俳句歳時記 第四版』(角川学芸出版)。例句が豊富です。すでに春・夏・秋の3冊が刊行しています。10月に冬、11月に新年が刊行予定。
知人の編集者Kさんのご依頼で、飯田龍太・山口誓子・水原秋桜子という三俳人の「年譜」をまとめることに。軽く引き受けてしまったけれど、これがまあ大変。締切が迫る中、なかなか手がつけられず、ラストスパートでは、少なくとも丸3日間、三俳人の90年近い足跡を辿ることにかかりきり。まさに、年譜漬け。知恵熱が出そうでした。折りしも暑さもぶり返し、こんなことしているから、熱中症になるのかも、ボソッ。
数年単位での句集の発刊はもちろん、俳句に関する言論や執筆など、精力的な活動ぶりに敬服。同時に、あらためて知ったことも多く、例えば、龍太の村周辺には、あちこちに「田をつくり詩もつくろう」の看板が建っているなど。。。それはともかく、日ごろの自身の勉強不足に気づかされました。ふぅー。
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