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March 2005

卒業生

数年前、出身校の学校案内のパンフレットに、このワタクシが登場させていただくことになった。

「ぜひ、お仕事をしている様子を撮らせていただきたい」という製作担当の方の強いご要望もあり、私の仕事場での撮影となった。

当時は、ワープロとパソコン(現在のノートパソコンではなく、デスクトップのマッキントッシュ)を併用していた。やや緊張気味に、キーボードを意味もなくパチパチしている私。その横顔をカメラマンの方が、時間をかけて撮ってくださった。

いま思い出したけれど、それは初夏の頃だった。1人暮らしをスタートさせて約半年。仕事場のインテリアにも、自分なりに気を配っていた。天井までの大きな窓に、白レースのカーテン。その前には、購入したばかりのグレーの革ソファー。

困ったことに、その頃の私は、ちょうど日光過敏症のような状態にあった。大学病院の皮膚科でも、とうとう原因は判明しないまま、いつの間にか治ってしまったが。新しい生活に、それなりにストレスもあったのであろうか?

ええと、何を述べたいかというと、コンディションがすぐれないこともあり、人前にさらされるのはご遠慮したいといいますか、写真撮影は、極力ご勘弁願いたいという状況だったわけです。

しかし、恩師のご推薦(!)もあり、卒業生代表(なんてたって総代ですもの、 エヘン!って本人も信じられないが)の1人としての、パンフレット掲載だった、と記憶している。

であるから、そう簡単に断れないといいますか、なんとかツトメをまっとうしなくては、ということになった次第。

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素晴らしい出会いを求めて

私のために、貴重な時間を割いて、素晴らしいお話を聴かせていただいた(しかも1対1で!)、一流のお仕事をなさっている人生の先輩に対する感謝の気持ちを伝えるには、どうしたらよいか。

少しでも良い原稿を書くしかない、と私は思った。その気持ちは今でも変わらない。

上司や同僚の顔色をうかがい、人の指示を待って、漠然とデスクに向かっているより、自分が会いたいと思う人に会って、直接お話を聴きたい。現場を訪ねたい。

そこで得たものを原稿につづりたい。そのほうが自分には合っている。そんな気がしていた。

自然と物書きの道に進んでいた。独立して、都内に自分の仕事場を持った。

一方で、20代の頃からさまざまなボランティア活動にも関わるようになった。福祉・医療、地球環境、これも人のためというより、まず好奇心ありきというか、関心を持ったところからはじまった。

「ナースと市民の会」の会報「ナース21」の編集人にもなった。これは、ナースを支援する講演のため、全国を行脚なさっていた徳永清さんの新聞記事を読み、インタヴューを申し入れたことがきっかけだった。

インタヴュー後も、講演先からお心のこもった絵葉書やおみやげをいただくようになった。

その無私の活動とあたたかなお人柄に深い感銘を受けて、「ナースと市民の会」の創立に参加。徳永さんは代表世話人、私は世話人の1人となった。

私はずっと、素晴らしい出会いを求め続けててきたのだな、と今さらながらに思う。

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吉田悦花のわん句 春の大募集

いよいよ~「吉田悦花のわん句」の締切(30日)が近づいてまいりました!
たくさんのご応募 お待ちしておりま~す

● 選考委員 吉田悦花

● 応募方法 メール・はがきの場合 
郵便番号、住所、氏名、性別、年齢、職業、電話番号、
FAX番号、メールアドレスと
あなたの作品・俳句を明記のうえご応募ください

● 発表 平成17年4月20日(水)頃、
ホームページWanWanTownにて発表いたします

● プレゼント
入選の方には素敵なプレゼントをご用意しております

● 締切 平成17年3月30日

● 応募先・お問合せ先
有限会社ティエヌシー 吉田悦花のわん句募集係
〒105-0014 東京都港区芝2-10-4 電巧社ビル3階
TEL:03-5730-6680  FAX:03-5730-6654
URL:http://www.wanwantown.com
E-mail:tnc@wanwantown.com

●詳しくは「吉田悦花のわん句」サイトをご覧くださいませ
http://www.wanwantown.com/wanku/index.html

Webページからでもご応募いただけます

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手紙魔

会いたい人に会う。

月刊誌編集部の取材記者1年生の私は、毎日、熱にうかされたように、人に会いに行った。

さまざまな分野の第一人者と呼ばれる人に会った。

好奇心の赴くまま、年齢も性別もさまざまな人に会ってお話を伺った。それは、2時間、半日にも及ぶこともあった。そこで新しいエネルギーを得ると、さらに人に会った。

なにしろタフだった。毎朝、グループ会社で最も早く出社した。徹夜明けでふらふらになっても、早朝の電車に揺られて、1時間かけて通勤した。

まず、お湯を沸かし、先輩たちの机を拭き、ひと息つく間もなく、始業時間の9時まで、せっせっと取材申し込みの手紙を書いた。

電話を入れ、アポをとり、手帳に日時と場所を書き入れ、朝1から取材に駆け回る。スケジュール表は、いつも朝から夜まで、予定でびっしり埋まっていた。毎日、最低でも2人、年間300人を超える方にインタヴューした。

夕方、帰社すると、インタヴューの余韻にひたりながら、すぐお礼の葉書をしたためる。毎日、朝な夕なラブレターを書き続けているようなものだった。社内では手紙魔と呼ばれた。

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辞世の句

句集『月光の音』は、1998年の『ぽぽのあたり』以降の作品を集めた、坪内稔典さんの第9句集。

その魅力を一言でいうならば、「ひょうきん」という気がする。

例えば、「河馬」「赤ちやん」「深雪晴」「枇杷の花」「ねむ咲いて」など、頻出する言葉がある。意識的なのか、こだわりはじまると、独自の世界が展開する。

遺言8句もそうだ。俳人仲間へ。古本屋のおやじへ。若い友人へ。弟に。娘に。妻に。ネンテン氏自身、辞世の句という試みを愉しんでいる。どこまでも明るく、ひょうひょうと。そして、したたかに。

正岡子規を生んだ愛媛県出身。大学時代、企画力とリーダーシップを発揮して、全国俳句連盟を組織。その頃から交友のあった故・攝津幸彦は、ネンテン氏を早熟の人である、という。

攝津は次のように述べている。

「彼の処女評論集である『正岡子規』の第一章の冒頭には、小学六年生にして子規の伝記を読み、俳句を書こうとし、高浜虚子の『季寄せ』を手に故郷佐田岬の稜線伝いに吟行をなしたことや、当時もっていた本に『通解万葉集』や角川文庫の『現代詩集』の二冊があったと書いてあることでもその片鱗が伺える」

12歳の頃、いったい何に夢中になっていたのかしら。

交換日記くらいしか思い浮かばない私にとって、独り俳句に打ち込んでいたネンテン少年の姿は、異なる世界の光景のように眩しく映る。

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全国の河馬

俳人というより、評論の人という思い込みがあったためか、句集はどうかなぁ、と正直なところ思っていたのだが、予想に反しておもしろい。

坪内稔典句集『月光の音』(2001)の240句を数える句の作品に中で、「いいなぁ」と思う句が30句以上あった。

これが多いのかどうか、よくわからない。しかし、これまで、さまざまな句集を読む機会を与えられたが、私としては、かなりの確率という気がする。

一羽いて雲雀の空になつている

てのひらの匂い雲雀の巣の匂い

梅三分キスの音しているような

口あけて全国の河馬の桜咲

麦秋の自ら濡れている蛇口

頭から突入森の七月へ

水澄んで河馬のお尻丸く浮く

ころがして二百十日の赤ん坊

葛咲いて父84母あの世

びわ熟れて釘とか父とかぼろぼろに

雁渡し乳房が張るという感じ

ねっ、リズムも良いでしょ。

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春が来た!

春になると、句会の様相もぐっと明るく華やかになる。

もちろん、これは、季語の種類が増えるからである。

啓蟄、蟻穴を出づ、雪解、初蝶、山笑ふ、春の潮、春一番、亀鳴く、卒業、花馬酔木、春の風邪、豆の花、囀、早春、水温む、猫の恋、田螺、八重椿、沈丁花、桃の花、雛、春炬燵、春の雨、初つばめ、春の泥、座禅草、春の霜、潮干狩、春の夜、風光る、冴返る、蕗の薹、木の芽風、芽吹山、春昼、春田打、春北風、草萌る、春コート、鶴帰る、春灯し、海市、鳥雲に、涅槃図、朝寝、春の雪、春の水、春の雲、春日差、朧、おぼろ月、春の月、立春、なごり雪、薄氷、花粉症、白木蓮、蜆、春の月、いぬふぐり、雪割草、春一番、あたたか、揚雲雀、ヒヤシンス、彼岸、菜の花、余寒……。

3月の句会に提出された句で見かけただけでも、順不同でざっとこれだけの季語がある(み~んな春の季語です)。

冬の句会は、全体的にモノトーンに近い色調の季語が並ぶ。

その引き締まった感じももちろん好きなのだが、早春の句会は、「春が来た!」とばかりに、一気に季語が花開く感じがして、私はくらくらしてしまう。

街の店先から旬が失われたといわれて久しい。しかし、この時期、青物の種類がぐーんと増える。

春キャベツ、春菊、韮、ほうれん草、三葉、セロリ、アスパラガス……、たくさんの野菜や果物を自転車の前籠に積み、青菜をひらひらさせながら風を切る喜びは、格別である。

さて、これからどのようにいただこうか。いのちの恵みに感謝して、こころ豊かになる。

さらさらと魚の記憶の朝寝かな 吉田悦花

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ほんたうの自分

句集『漂白の歌』の序で、草堂さんは次のように述べている。

「旅に出ると市井の雑事に紛れてゐたほんたうの心が甦り、かへつて憂鬱になることが多い。(中略)

私が旅に出るのは、愉しいからではなく、ほんたうの自分に会ひたいからである。ほんたうに生きるための糧を得たいからである。

明日への希望を見出すために、私は旅をつづける」

草堂という人は、自分の弱さや孤独から目をそらさなかった、と思う。

その句は、自然に一歩もひかず、凝視し、人間や自然を詠むといったことを超えて、より大きな時空で、生命の根源的なものを追求していたような気がする。

草堂のことを何も知らなかった私。だが、いま、草堂の俳句熱がじわじわと侵食してくる。

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哀しいおもちや

草堂さんは、従来の俳句に飽き足らず、生涯、努力を続けた。

「小器にして晩成型のわたくしは、ただ一すぢに俳句に打ち込まなくては、生きる意義もないと価値もないと観念した」と本書で述べている。

同じく「小器晩成型」を自認する私は、「なにもそこまでおっしゃらなくても」と思うのだが。その覚悟には、ひたすら圧倒される。

そもそも、草堂にとって俳句とはなんだったのか。

まさに生きる証だったのだろう。俳句イコール自らの人生、その充実のため、米塩にも困窮し、妻子を困惑させる「わたくしはまことになまけものであり、やくざものである」と述べている。

自らの句集を指して「おもちやに過ぎないかも知れぬ。大人のおもちやは哀しい」とも。

「大人のおもちや」ですか。なるほど、そうでしたか。

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草堂さん

私が俳句を初めてまだ日の浅い頃、「草堂忌」という席題を与えられた。

「ソードー?」。私は、草堂という俳人を知らなかった。忌というのは、草堂さんが亡くなられた日。自分なりに草堂という人物をイメージして詠んだのが、

貌に似し石拾ひけり草堂忌  吉田悦花

拙い句ですが、『蝸牛 新季寄せ』の忌日の頁(草堂の亡くなったのは3月3日)に掲載していただいている。

そのまま、草堂については白紙のままの数年を経て、ある日、私は、『山口草堂全句集』(花神社 平成13年刊)を手にすることができた。

双の手にしんじつ青き藺を植うる  山口草堂

草堂は、明治31年大阪府生まれ。喀血のため、早稲田大学を中退。7年に及ぶ療養生活を送る。「新早稲田文学」に詩や小説を書く(そうなんだぁ~)。

しかし、一家を支えるため、文筆の道を断念。その鬱積した思いが、34歳で入門した「馬酔木」で俳句にのめり込む下地となった(フムフム)。

本書は、昭和7年から59年までの1995句を収録。

水原秋桜子は、昭和15年発行の初句集『帰去来』の序に、「この作風は、今までの俳壇に無かったものであり、馬酔木としても一つの境地を開いた」

「一題材に執着してこれだけ息のつゞく作者は全俳壇を見渡しても、たぐひすくないであろう」と、まさに絶賛している(!)。

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わん句 春の大募集

愛犬への想い、俳句で表現してみませんか?
あなたの愛犬を見つめながら、あるいは犬の気持ちになって、1句詠んでみませんか。
俳句を初めて詠む方をはじめ、どなたでも自由にご参加いただけます。

水温むひらたく伸びし犬の舌  吉田悦花

●選考委員 吉田悦花
吉田悦花のhaikuファクトリー
http://touki.cocolog-nifty.com/

●応募はメール・はがき・ファックスで
郵便番号、住所、氏名、性別、年齢、職業、電話番号、FAX番号、メールアドレスとあなたの作品・俳句を明記のうえ、ご応募ください。

愛犬の写真もメールに画像添付、もしくは郵送していただけると幸いです。結果発表の折、作品とともにホームページ上で公開させていただきます。

● 発表 平成17年4月11日(月)頃
ホームページWanWanTownにて発表いたします。

●プレゼント 
入選の方には素敵なプレゼントをご用意しております。

●締切 平成17年3月30日(郵送は当日消印有効)

● 応募先は 「吉田悦花のわん句」サイトをご覧ください
http://www.wanwantown.com/wanku/index.html


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