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01/14/2005

20代の頃、職場でたまたま前の席におられた、銀髪のベテラン編集者が、長いこと短歌をたしなんでいる方だった。

古典に詳しいその編集者を私は「お父さん」と呼び、日頃から、仕事の最中にごく私的なメモのやりとりをしていた。

お父さんは、「老いらくの恋」といってはナンですが、毎日のように逢っている仲睦まじい彼女がいた。

「今日はデートですか?」と問い掛けたりして、私とお父さんは、世代を超えて、互いの恋について語らうようになっていた。そのうち、お父さんが自作の歌を彼女にプレゼントしていることも知った。

あるとき、茶目っ気を出した私は、「いかがでしょう?」と、メモ用紙に記した俳句を本棚越しに手渡した。ある意味でそれが、私の俳句づくりのはじまり、だったかもしれない。

しばらくすると、先ほどのメモが戻ってきた。「拝見しました」という言葉に続いて、丁寧に句の感想が記されていた。

こうしたやりとりが面白くて、毎朝、出勤途上で俳句をつくっては、会社に着くなりメモして、お父さんに渡すようになった。

その頃、つきあっていた彼にも、自分の俳句を見せて、無邪気に喜んでいた。短歌はお父さんにまかせて、私は俳句で、という気持ちもどこかにあったのか。

そのせいか、当時はやたらと短歌調の「恋の句」が多かった気がする。

それも、なんだかねぇ。


  きみだけにいへるわがまま花野菜  悦花

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俵万智調、古くは、啄木調の
短歌又は俳句に、私も、憧れたもんです
その頃の、日記に書かれてた句があります

ポケットで 握りしめてた ガラス玉

俳句というのか、なんだかわかりませんが
あの頃の何となくの心情が託されていて
覚えてます。
今でも、ガラス玉を握りしめているような
気もします

まあ、日常でも、旅先でも
時間をどう過ごせば良いのか困っているときは
俳句や、短歌をひねるのも、良いですよね。
結果、成句にならなくても、
何を表現しようかと、自分の内を探るのは
計り知れないほど、人を豊かにしてくれるのでは
ないでしょうか?
特に俳句は十七文字にイメージを凝縮させる作業ですから、
大変です
これは、私には無理。
写真の方が手っ取り早くイメージを表現できると
そっちに走ったわけです。
そっちは、そっちで、これもまた難しい
困ったもんです。

 

Posted by: タンマ | 01/16/2005 at 09:41

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