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ごはん

私の父は、昭和二桁世代だが、「米」というものに特別の愛着というか、執着を抱いているようだ。

たんなるごはん党というより、米の飯を三食いただかないと、腹に力が入らないというか、米が元気の源、という気がする。

主食である米を確保することが、一家の主のつとめと考えているところがある。米にうるさい父は、毎年、知り合いの農家から直接、新米を譲って戴いている。

父は頃合を見て、自ら電話を入れ、車を運転して取りにうかがう。炊きたての白いごはんを口にするとき、父はとても幸せそうだ。

我が家の食卓は、いつもごはんが中心だった。お茶碗にごはんを盛るのは、子供の私の役目。炊き上がったごはんの湯気に、家族ひとり一人の顔を思い描きながら、それぞれのお茶碗にごはんを盛る。ふんわりと。

93歳の天寿をまっとうした祖母は、意識を失う直前まで私たちと同じ食卓を囲んでごはんを口にしていた。愛犬ジョニー(16歳)の食事も、もちろんごはん。

私自身は、パンもごはんも麺類も好きだが、なかでも、ごはんと納豆好きは、やはり父親譲りかもしれない。

   ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く   桂 信子

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Comments

私の両親は昭和の一桁
戦時中 満足にご飯を食せなかった大阪ど真ん中での生活は 未だに「米」への執着として伺える
関西では 納豆を食べる習慣がなく 私も成人を超えるまで その存在をしらなかったほど
未だに両親は それを口にできない
『おこうこう』と呼ぶ漬物と『昆布』があれば 朝昼晩お茶づけで済ます

時代の流れは大きく その両親に育てられたこの私は フランスパンとホット珈琲があれば 朝昼晩幸せである

Posted by: 岡本理香 | 01/03/2005 06:05

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