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12/07/2004

着ぶくれて 補遺

流山 吟行メモ

流山駅から歩いて5分くらいのところに、いま話題の新選組・近藤勇の陣屋跡。

その先に閻魔堂。墓地には、流山出身の義賊で、放蕩のかぎりを尽くしたという金子市之丞と遊女三千歳の墓がある。

流山には、悠々自適の境地を楽しもうという俳人・山口草堂の一派である葛飾派の俳人がたくさん暮らしていた。

葛飾派には一茶も属していた。俳諧の正統からはずれ、季題趣味も薄かったが、庶民に人気があった。

秋元双樹こと秋元三左衛門もその1人。流山で酒・みりんの製造販売を営む、この地きっての豪商であった。一茶は、双樹のもとに50回以上寄寓して、流山でたくさんの句を詠んでいる。

秋元家の建物は、「一茶双樹記念館」として甦った。私は、隣接する一茶庵で句会をしたことがある。

記念館には、一茶の掛軸があった。「鳩いけんしていはく」という前書きで、

 梟よ面癖直せ春の雨

とある。いつも憂鬱に見える梟に「面癖直せ」と意見する鳩。童話的なユーモア漂う句だ。

メモ魔で、何でも記録していた一茶の『七番日記』も展示。52歳で結婚。しかし、生まれた子どもたちは次々夭逝。複雑な境遇を圧縮するかのように、執拗に書き付けている。

こんなところにも、芭蕉や蕪村の風雅とは異なる、一茶という俳人の人間性を垣間見ることができる。


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